昔からほとんどその外見を変えていないトロンボーンの歴史を追ってみましょう。
最初のトロンボーン、つまりスライド機構を持った楽器がいつ発明されたかということについては全く分かっていません。 初期のトロンボーン製作者としては15世紀から16世紀はじめにかけて活躍した演奏家でもあった、ハンス・ノイシェル(Hans Neuschel)という人物がドイツのニュルンベルクにいた記録があります。
彼の息子のハンス(Hans)とイェルク(Jörg)もまたトロンボーン製作者として知られ、イェルクが1557年に作ったGemeine-Rechte-Posaun(テナー・トロンボーン)は現在まで保存されています。これは、現在の楽器と構造的には基本的に全く同じものといえます。 唯一の大きな違いは支柱が蝶番によって固定されており、移動するようになっていた、ということくらいです。
また、17世紀には音楽史家であり作曲家であったプレトリウスがトロンボーンをアルト(in F, AltまたはDiscant Posaun)、テナー(in Bb, Gemeine Rechte Posaun)、バス(in F, in Eb, Quart またはQuint Posaune)、コントラバス(in Bb, Octav Posaune)の4種に分類しています。 しかし、コントラバス・トロンボーンはあまり一般的ではなかったようです。
18世紀に入って、ベルの形がより広がった大きなものになりました。 また、従来F管だったアルトがEb管の楽器に取って代わられました。
楽器は完成したものでありましたが18世紀の終わりに近づくまでオーケストラではトロンボーンはほとんど用いられませんでした。 もっぱらその活躍の場を教会においていたのです。 教会ではコルネット(Cornett)とアンサンブルを組み合唱の手助けをするのが主な仕事でした。
19世紀に入って軍楽隊によってトロンボーンの需要が急増しました。 その結果、市民権を得た楽器はオペラやオラトリオの中で活躍するようになり、 交響曲の中に登場するようにもなりました。
また、このころ小型のバストロンボーン(in G)が本格的に使われるようになりました。 楽器としては18世紀の前期からあったのですが、ここにきてようやく本格的に使用されるようになりました。
この後、ウェーバー(Weber)によってダブルスライド・トロンボーンの完全なセットが考案されました。MayenceのSchottによって製作された楽器は第9ポジションまでありました。 現在ではテューバがこの音域で用いられるためにこの楽器は使用されなくなりました。
ヴァルヴが発明されてトロンボーンにこれを応用したものも現れました、テナーバス・トロンボーンです。 テナー・トロンボーンにF管を取り付けてバス・トロンボーンとしても演奏できるようにしたものです。 1839年ライプツィヒの楽器製作者C. F. Satireが考案し,その後,パリでもSalaryとSaxが同様の楽器を製作しました。 フランスでは以前から大型のバス・トロンボーンは用いられていなかったのと、ドイツでも太管のテナーがバスの代わりをつとめるようになっていたから好意的に受け止められたという記述と,フランスではあまり用いられなかったという話があります。
また、ヴァルヴ・システムを完全に使用したヴァルヴ・トロンボーンも現れました、トロンボーン的な音色が失われてしまったため特殊な用途以外では用いられませんでした。 それは馬上などでの演奏を要する軍楽隊や、低音域まで必要とされるコントラバス奏者などでした。イタリアでは長い間ヴァルヴ式のコントラバス・トロンボーンが使用されていました。
1825〜30年にかけて、ベルパイプに音程調性管とスライド管の先の部分に唾抜きが取り付けられました。
19世紀半ば過ぎに、スライドの動きをよくする革命的な改良がなされました。 それは、スライド中管の先端を太くして、中管と外管がいつも接触する部分を作り出しました。 こうすることによって、どのポジションの時にも中管と外管の接触面積が同一になり、抵抗が一定になりました。これによって今までよりずっと楽にスライドを操作することができるようになりました。この部分はストッキング(Stocking)と呼ばれています。
これ以降も材質、ヴァルヴに改良が加えられていますが、実質的には何の変更も行われていません。