シモーネ・マンティア Simone Mantia(1873-1951)
1873年
イタリアのパレルモに生まれる。
1881年
ニューヨークに家族が移住する。
12歳の時にヴァルヴ・トロンボーン、ユーフォニアムを教わる。
いくつかの小さなオーケストラでわずかの額を稼いだ。
1894年
トロンボーン奏者としてブルックリンのグランド・オペラ・ハウスのオーケストラで演奏。
しかし、その後ヴァルヴ・トロンボーンが、スライド・トロンボーンへと変えられることとなった。
彼には1週間しかそれを学ぶ時間がなかったが、彼は1週間でその楽器を十分に吹けるようになった。
1898年
スーザバンドに首席ユーフォニアム・ソロイストとして入団、7年間ユーフォニアム・ソロイストとして活躍。
その後、夏はVictor Herbertの有名なヴィクター・ハーバート・オーケストラで、 冬はSafonoff指揮のニューヨークフィルと同時に契約する。
さらに短期間ではあるが首席トロンボーン・ソロイストとしてメトロポリタンオペラオーケストラ、 シカゴ・オペラと4シーズンの契約などもしている。
1951年
ニューヨークで亡くなる。

ニュージャージーのAsbury Parkの自分の小さな交響楽団で夏の間指揮を行ったり、 アーサー・プライアーのバンドでユーフォニアム・ソロイスト、副指揮者を25年間つとめる。
プロの演奏家としての活動だけでなく、彼は教師、ソロ曲の作曲なども行った。Mantia systemと呼ばれる、完璧なイントネーションをスライドトロンボーンで得るための 教則本「THE TROMBONE VIRTUOSO」や、有名なアルバンの教則本の改訂などがあ利ます。 また、ユーフォニアム・ソロの曲としてEndearing Young Charms,Original Fantasieなどの曲を残しています。
マンティアはギルモアによってイタリアから招かれた、ラファエロ(Signor Raffayolo, 1896没)に師事しました。
マンティアが使用していた楽器は5ヴァルヴのユーフォニアムで, 5番目のヴァルヴは2番ヴァルヴよりも少し低い音がでるようになっていました。
その楽器を利用して彼は独奏曲の中で下のようなカデンツァを演奏しました。

また別の記述では,彼はコーン社のダブルベル・ユーフォニアムを使用したということになっています.これも5ヴァルヴだったようですが,ダブルベルなので5番目のヴァルヴはベル切り替え用と考えられます.

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