1815(1818?)年
最初に金管楽器のバルブシステムを発明したのはHeinrick StolzelとFriedrick Blushmelと一般に言われている。
1830年代
ドイツとオーストリアの楽器製作者達はテナー、バリトンの音域の楽器の設計を試験的に始める。これが現在のbaritone及びeuphoniumの原型となる。
1842−1845年
Adolph Saxサクソルン類と呼ばれる金管楽器類を生産する。2つのsaxhorn、Bb Baritone SaxhornBb Bass Saxhornは、おおよそbaritoneとeuphoniumに相当するものであった。
1843年
ワイマールのSommerはドイツで初めてEuphoniumと呼ばれる楽器を設計した。それは後にBarytonと呼ばれることになる。又、ウィーンのFerdinand Hellは同様の楽器であるEuphonionを設計した。これはテナー音域のバスバリトンであり、後にHellhornと呼ばれた。
1840年代後半
Vaclav Cerveny of Hradec Kraloveが球根状のベルを持つeuphoniumといえるenglish hornに似たPhonikonを開発した。
1849年
SommerがイングランドのJullien's bandでeuphoniumとSommerophoneの奏者であったという記載がある。
1849−1864年
Heinrich J Hasenierが彼自身がeuphoniumsと呼ぶホルンを製作した。それは実際には、10個のキーを持つ半音階バスホルンだった。
1850年代
フランスの軍楽隊で4本のbass saxhornと2本のbaritone saxhornを使用した。
1853年
イングランドのMossley Temperance Bandはイングランドで初めてサクソルンをすべて採用し、 Belle Vue Contestにおいて成功を収めた。ここで用いられたサクソルンは、すべてサックスによって供給されたもので、 コルネットも含めてすべて上向きであった。はじめはAb管であったが、演奏上の困難からBb管Eb管に切り替えられ、それがコンテストでの標準となった。
1859年
イングランドのKneller Hall(イギリス陸軍軍楽学校)のEuphoniumとBaritoneの教授であったファーゼー(Phasey)がeuphoniumのボアを大きくした。彼は1870年代にも同じことをしている。(これ以降もボア拡大の傾向は続いているといえるが、ある意味この方向付けが現在のユーフォニアムに続くものであると考えられる
Gounod's Faustのステージバンドはbasse saxhorn in Bbを使用した。
1869年
日本で海軍が創設され、併せて軍楽隊も組織された。
イギリスのディマンティン社へ発注した楽器に含まれていた2本のeuphoniumを使用した。翌年の6月に届いた楽器はすべてベッソン社製であったらしい。
実際に吹いたのは尾崎平次郎惟徳という当時18歳の人物である。
1874年
イギリスのブージー・アンド・ホークス社の前身であるブージー商会(Boosey & Co.)の設計責任者であった音響学者 David J. Blaikleyが音程補正(コンペンセイティング)システムを考案し、1878年に特許が認可された。 これは、低音域の音程を正確にするためのアイデアで主にEuphonium、Tubaにおいて使用されている。
1880年代
Cervenyは特別に太いボアを持つ'Kaiser' rangeの楽器を作った、それはKaiserbaritonと呼ばれた
1880年代後半(1886年にパテント取得)
トロンボーンとユーフォニアムの融合をはかった、ダブルベルユーフォニアム(double-belled euphonium)(Meredith Wilsonの「The Music Man」の中の有名な曲「76本のトロンボーン」で様々な楽器の名前が歌われる中にでてくる)をコーン社が発明した。
1896年
Richard Straussがテナーテューバをドン・キホーテ(Don Quixote)で使用。これはユーフォニアムで初めてミュートを使用した曲でもあった。彼は翌年書いたEin Heldenlebenでもテナーテューバを使用している。 シュトラウスは当初このテナー・テューバのパートをヴァーグナー・テューバを意図して書いていた、が後に「管弦楽法」にユーフォニアムの方が旋律楽器として好ましいということを書いている。
1896-1903年
スーザバンドのメンバーで有名なユーフォニアム・ソリストであったSimone Mantiaは5本バルブのダブルベルユーフォニアムを使用した。
1908年
マーラーの交響曲第7番でテナーホルン(バリトン)が使用された。
1921年
多くの形態の楽器が公的な場で演奏される際に、混乱を招くことのないように、ロンドンのKneller Hallで行われた楽器標準化会議においてBaritoneは吹奏楽から除外され、主として金管バンドにおいて使用されることとなった。
1927年
ショスタコービッチ(Shostakovich)はbaritono(euphonium)のソロをバレエ曲「The Golden Age」に書いた。
1939年
Harold BraschはBritish compensating euphoniumsをアメリカに紹介した。
1950年代前半
イギリス人らによって初めて低音金管によるアンサンブルが演奏された。
1960年代
最後のダブルベルユーフォニアムがキング社(King company)のカタログに記載されていた。
1974年
ベッソン,B&Hのユーフォニアムに採用されてきたマウスピースレシーバーのサイズが中細管(ヨーロピアンシャンク)から,一般的な太管(バス・トロンボーンシャンク)に拡大される.はじめはレシーバーのみの変更で,その後リードパイプのテーパーも見直された.(現在でもデニス・ウィックのマウスピースにこのタイプのものが残っている.)
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