パトリック・S(サースフィールド)・ギルモア
Patrick S.(Sarsfield) Gilmore(1829-1892)

- 1829年12月25日
- アイルランドのギャルウェイで生まれる。
- 16歳
- 土地のバンド・マスターについてコルネットを習いながらゴール・ウェイ・バンドでコルネットを演奏する。
- 1848年
- バンドとともにカナダへゆくがまもなくボストンへ移る。
ボストンで楽器店を開き、いくつかのバンド(チャールズタウン、サフォーク、セイレムなど)で演奏する。
- 1857年3月4日
- セイレム・バンドを率いてワシントンでのビューカナン大統領の就任式の式典に参加。
- 1859年
- グランド・ボストン・バンドを組織する。
- 1861年
- バンドのメンバーとともに南北戦争のため連合軍に入る。
- 1864年
- ニューオリンズでいくつかの大バンドを指揮し、音楽祭に参加する。
士気を鼓舞するための音楽の重要性を強調したと言われる。
- 1869年
- ボストンで第1回の音楽祭「アメリカ平和祭」を開催。このために5万人収容のホールも建てる。
5日間の催しは大成功に終わる。
- 1872年
- 「アメリカ平和祭」の成功に気をよくして、世界平和博を開催した。
これにはヨハン・シュトラウス、イギリスのグレナディア・ガーズ、ギャルド・ルピュブリケーヌ吹奏楽団など世界中の有名な演奏家が集まったと言われる。
- 1878年
- 自分のバンドを引き連れてのアメリカ国内及びカナダ演奏旅行をおこなう。
彼のコンサートは非常に好評でアメリカでの名物となった。
- 1892年9月24日
- ミズーリ州セントルイスで亡くなる。
作曲もおこなったギルモアは「When Johnny Comes
Marching Home」(ジョニーが凱旋するとき)をヒットさせ、南北戦争終了の凱旋の時にも歌われ、現在でも愛唱されている。
ジョン・フィリップ・スーザは彼のことを”現代コンサート・バンドの父(Father of the
Modern Concert Band)と呼んだ.
彼の編成するバンドは,時には2000人の演奏家からなりそれに加えて合唱隊として20000人を動員することもあった.
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